フランスの作家、スタンダールが生みだした、今や知らない人はいないのではないかというほど有名すぎる小説『赤と黒』。
この小説は、これまでにも世界各国で映画や演劇、ミュージカルの題材として取り上げられてきました。
宝塚歌劇においても、これまで何度も上演されてきましたが、いよいよフランス生まれのロックな『赤と黒』が上陸します。
これまでのイメージを一掃し、衝撃的な『赤と黒』を見せてくれること間違いなし!と、星組・礼真琴のフレンチ・ロックオペラ版を楽しみにしている方は少なくないと思います。
配役も発表され、答え合わせとともに役について深堀りしたいのですが、それはフレンチ版をもう一度じっくり見てからにするとして。
今日は、あらためて『赤と黒』という作品を予習してみたいと思います。
宝塚歌劇『赤と黒』の歴史
宝塚歌劇ではじめてこの『赤と黒』という作品が上演されたのは、かれこれ66年も前のこと、1957年までさかのぼります。
この時の脚本は菊田一夫先生でした。
その後18年の時を経て、1975年には柴田侑宏先生の脚本によって再演、以降、数回にわたって再演されてきました。
宝塚歌劇での上演の歴史を簡単に振り返っておきましょう。
1957年【花組】
宝塚大劇場にて上演
- ジュリアン・ソレル:寿美 花代
- レナール夫人:淀 かほる
- マチルド:鳳 八千代
- レナール氏:神代 錦
- ラモール侯爵:三吉 佐久子
1975年【月組】
宝塚大劇場、東京宝塚劇場にて上演
- ジュリアン・ソレル:大 滝子
- レナール夫人:舞 小雪
- マチルド:小松 美保
- フーケ:瀬戸内 美八
- レナール氏:天城 月江
- ラモール侯爵:三吉 佐久子
- エリザ:風 かおる(大劇場)/ 北原 千琴(東京)
1989-1990年【月組】
宝塚バウホール、日本青年館にて上演
- ジュリアン・ソレル:涼風 真世
- レナール夫人:朝凪 鈴
- マチルド:羽根 知里
- フーケ:天海 祐希
- レナール氏:未沙 のえる
- ラモール侯爵:愛川 麻貴
- エリザ:麻乃 佳世
2008年【星組】
梅田芸術劇場、日本青年館、愛知厚生年金会館にて上演
- ジュリアン・ソレル:安蘭 けい
- レナール夫人:遠野 あすか
- マチルド:夢咲 ねね
- フーケ:柚希 礼音
- レナール氏:立樹 遥
- ラモール侯爵:萬あきら
- エリザ:稀鳥まりや
2020年【月組】
御園座にて上演
- ジュリアン・ソレル:珠城 りょう
- レナール夫人:美園 さくら
- マチルド:天紫 珠李
- フーケ:月城 かなと
- レナール氏:輝月 ゆうま
- ラモール侯爵:一樹 千尋
- エリザ:きよら 羽龍
小説『赤と黒』は実在の物語?
小説『赤と黒』は、フランス革命に揺れた時代、ナポレオンを崇拝し、王政復古期のフランスにおける主人公ジュリアン・ソレルの人生の旅路を描いた作品です。
19世紀に書かれた小説ですが、時代を経ても古びることなく読み継がれ、そして研究されてきました。
出世欲に駆られたジュリアンが、社会の中で自分の居場所を見つけようと、あらゆる手段を講じていきますが、名声や富、社会的認知を得るための競争など、ある意味においては現代社会にも通づるところがあるのかも知れません。
実際の事件が題材に
世の中で実際に起こったニュースをヒントに小説が書かれることは、現代でもよくあることだと思いますが、この『赤と黒』が書かれた19世紀当時にも、同じような傾向があったといいます。
いわゆる “マスコミ” が台頭してきた中で、作家たちが世の中の「現実」に目を向けたいと考え始めていたようです。
スタンダールも例外ではありませんでした。
彼は『赤と黒』を執筆するにあたり、フランスのとある小さな村で起こった「ベルテ事件」というニュースをヒントにしたのだとか。
この話、今回こっちゃん(礼真琴)の『赤と黒』の上演が決まり、いろいろ予習している中で初めて知りました。
1827年「ベルテ事件」とは?
フランスのイゼールという小さな村で起こったベルテ事件。
この事件は、アントワーヌ・ベルテという男が起こしたことで、このように呼ばれています。
職人の息子であったベルテは、優れた知性を持った24歳の青年でした。
その優秀さゆえ、早くから神父様に目をかけられていた彼は、神父様の導きにより神学校に入学します。
しかし、体の弱かったベルテ青年は、厳しい神学校の生活に耐えることができなかったのです。
そのため、神学校を出た彼は「ミハウ家」の家庭教師として雇われることになりました。
やがてベルテ青年はミハウ夫人の愛人となります。
その後、彼はミハウ家を出て貴族の「コルドン家」に仕えるようになりました。
そして今度はここの娘を誘惑するのです。
この雇い主「コルドン家」の娘との関係が発覚したことで、ベルテ青年は解雇されてしまいます。
出世の夢に破れ激怒、激高した彼は、教会でかつての愛人ミショーに会いますが、そこで彼女を射殺してしまいました。
ベルテ青年は逮捕。
その後に裁判を経て、1828年に処刑されたのでした。
小説「赤と黒」の物語は?
いかがですか?
この「ベルテ事件」、読みながら『赤と黒』のあらすじを読んでいる錯覚に陥りませんでしたか?
実際にフランスで起こった事件とのことですが、『赤と黒』がこの事件に忠実に描かれていることがわかります。
『赤と黒』のあらすじはこうです。
主人公、ジュリアン・ソレルは大工の家に生まれ、読書と勉強に明け暮れていました。
彼はまず、ヴェリエールの町に住む有力なブルジョワであるレナ-ル家に家庭教師として雇われます。
そこで彼はレナ-ル夫人と禁断の恋に落ちることになります。
ジュリアンはブザンソンの神学校を経て、今度はパリの大貴族ラ・モール家に雇われることに。
彼は絵に描いたように出世街道を歩み始めますが、そこで出会ったラ・モール家の美しい令嬢マチルドと情熱的な恋に落ち、波乱に満ちた関係を築きます。
マチルドは自分の家族を捨てる覚悟で、身分違いのジュリアンと結婚し子供を授ります。
ジュリアンはパリで最も美しいと言われる女性マチルドと結婚し、社会的地位や名誉を手に入れるという究極の目標を達成したかに見えました。
しかし、元愛人であるレナール夫人の嫉妬や様々な愛の駆け引きの中、ヴェリエールに戻った彼は、教会でレナ-ル夫人を撃ってしまいます。
そしてジュリアンは牢獄へ。
やがて処刑台へと送られる…。
スタンダールはフランスの偉大な心理学者?
『赤と黒』は、随所に皮肉を駆使した、緻密で複雑な小説であると思います。
かつてドイツの哲学者ニーチェが、スタンダールのことを「フランスの偉大な心理学者である最後の一人」と表現したそうです。
たしかにこの小説を読んだり、舞台を観たりしていると、ジュリアンや特にマチルドの迷走する思考に迷子になりそうです。(笑)
そして、二人の女性との間で繰り広げられる愛の物語は難解です。
ジュリアンと二人の女性
ジュリアンは女性を自分の社会的地位の向上のために利用します。
この作品の中で、彼にとっての「女性の征服」は、軍事的な征服と同じように考えられています。
レナール夫人を射止めるために子供じみた実戦計画を立てるジュリアン、ある意味「ばかばかしさ」に近くて、「愚かさ」との境界線上。
この小説の二人のヒロイン、レナール夫人とマチルドは慮極端の「感情」や「情熱」を表現しています。
レナール夫人は天使のように優しく、母性に溢れ、恐らく男性から見れば “完璧な”女性です。
彼女はジュリアンのはじめての「情熱」であり、彼に「愛情」という感情を芽生えさせる存在。
一方のマチルドは、とにかく情熱的でときとして暴力的、反抗的な若い女性です。
彼女は与えられた環境の中で、あまりにも不自由のない生活に退屈しています。
ジュリアンの登場は、彼女にとって「現実逃避」の手段であり、一時的な情熱、いわゆる「火遊び」的な非現実を体験する手段であるようにも見えます。
死を前にして「己の真実」を知る
マチルドは若さと美貌に加え、どこかチャーミングで魅力的なキャラクターであるにもかかわらず、最後にジュリアンが選んだのはレナール夫人でした。
立身出世の道を断たれ、狂気のなか最愛のレナール夫人に銃口を向け、牢獄へ送られたジュリアン。
そして社会に閉ざされた牢獄の中でひとりきり、ジュリアンは自身のレナール夫人への思いの深さを知ることになります。
妻であるマチルドの面会は一切受け入れず、レナール夫人への「会いたい」気持ちばかりが募ります。
ジュリアンは、死を目前にして自分の「本当の気持ち」を知り、「制服」ではない「真の愛」を発見したのでしょう。
深いですね~、この作品。
スタンダール 書いた、愛した、生きた
スタンダールが『赤と黒』を発表したのは1830年のこと。
いまでこそ、時代を超えて読み継がれている「名作」と言われますが、発表当初はまったく評判にならなかったと言います。
その理由は定かではありませんが、王政復古がうたわれた時代における「フランス社会を鋭く批判」した作品であると言われ、政治風刺は敬遠されていたのでしょう。
また、スタンダールのように、恋愛心理を分析するような新しい傾向の小説は好まれなかったようです。
もうひとつの名作『パルムの僧院』
ちなみに、政治の世界にも身を置いていたスタンダール。
『赤と黒』は、彼の政治的な思想の真骨頂が良く表現されていると、ある評論家は語っていました。
フランスではこの『赤と黒』が書かれた1830年、市民革命「栄光の三日間」と呼ばれる七月革命が勃発。
これによって1815年の王政復古で復活したブルボン朝が再び打倒されました。
このときスタンダールは政治の世界に呼び戻されますが、1836年から3年間は休暇を取り、パリで過ごす間に小説『パルムの僧院』を書き上げています。
この『パルムの僧院』は、『赤と黒』のジュリアン・ソレルと同様に、ナポレオンを崇拝する若いイタリア人貴族、ファブリス・デル・ドンゴを主人公にした物語。
宝塚歌劇では、2014年に雪組の彩風咲奈主演で、バウホールにて上演されました。
余談ですが、この小説のタイトルにもなっている「パルムの僧院」。
パルマ郊外には実際に僧院があるそうですが、現存する僧院(修道院)はこの作品とは無関係なのだそうです。
しかもこの小説の中でタイトルの「パルムの僧院」が登場するのは、物語を通じてたったの一度だけ。
それも最後のページに登場するだけという、、、
きっとスタンダールならではの「心理学」的なメッセージがあったのではないでしょうか。
偉大な作家スタンダール、1842年没
スタンダールは1842年、パリの街頭で病に倒れ59歳で亡くなりました。
彼はパリのモンマルトル墓地に眠っています。
墓碑には、自ら選んだとされる銘句「生きた、書いた、恋した」と刻まれているそうです。
まとめ
これまで『赤と黒』という作品は、スタンダールの完全なる創作小説だと思っていましたので、今回、モデルとなった事件が実在したというのに少し驚きました。
文学に詳しい人たちには周知の事実かも知れませんが。
それにしても、ここまで酷似しているとは驚きです。
そして、いろいろな評論を読み比べる中で、スタンダールがジュリアン・ソレルの人生を通して何を語ろうとしていたのかを考えるきっかけとなり、作品への関心がより深まりました!
ま、チケットは取れないので(笑)、はなっから中継に期待するしかありませんが、この予習をしたおかげで楽しみな気持ちが増し増し!です♡
早くこっちゃんジュリアンに会いたいです!!