MONOLOGUE
好きなこと、気になること、気ままにひとりごと
ポルトガル

ポルトガルを旅する【3】コインブラ物語~ペドロとイネスが眠る教会の巻

アルコバサ修道院

ポルトガル観光初日は、ひたすら雨に降られて終わった1日でしたが、とにかく私は自他が認めるウルトラ雨女。(笑)

それまで降っていなかった雨が、玄関を出た瞬間にポツン、ポツン。

電車やバスに乗っていて「うん、雨大丈夫そう」と思っていても、降りた途端にザーザー。

車で移動していてポツン、ポツン、これくらいなら傘なしでも大丈夫かな、目的地に着いて歩き出した途端にボツリ、ポツリ。

昨日まで天予報は晴れなのに、遊びに行く当日は雨

職場の行事ごとは雨天中止多数。

Sponsored Link


季節外れの台風到来で行事が延期になって、延期したその日にも異例の季節外れ台風が再来したこともありました。(笑)

たびたび一緒に旅する友人は比較的「晴れ女」なので、いつもそちらのパワー頼み

今回の旅は … 雨季なのでさすがに私の雨女パワーが増し増しの様子です。www

気を取り直して、今日は現地のオプショナルツアーに参加して、らくらくバス移動&レストラン・ランチ付♡

リスボンの北に位置する5つの小さな町を巡ります。

気長に行こう!ヨーロピアン・タイム

2日目は現地ツアー「Cityrama Tour」を利用した5つの町を巡るオプショナルツアーです。

朝8時に滞在先ホテルでの pick up だったため、遅れちゃタイヘンと、sora たちは少し早めに準備をしてロビーで待機していました。

が、8時になってもお迎えが来ません

10分過ぎても、20分過ぎても、いっこうにお迎え来ず。

恐らく同じツアーのお迎えを待っているらしい、フランス人と思われるカップルもソワソワ、フロントに電話確認を依頼していました。

30分以上過ぎた頃になってようやくお迎え来たる!

相変わらずのヨーロピアン・タイム。

どうせ8時半にか来ないんなら、もっとゆっくり準備すればよかった…。

でもね、そうすると「気まぐれで」時間前にやって来て「なぜ待っていないんだ!」と文句言われちゃったりするのも、海外あるある。(笑)

ヨーロピアン・タイムを楽しもう!♡www

「パン」の語源はポルトガル語

旅先のホテルでいただく朝食、ついつい食べ過ぎてしまいませんか?

sora も、普段は8枚切りトースト1枚にコーヒーという朝食なのに、旅先ではついつい朝から欲張って食べ過ぎてしまいます。www

ポルトガルのパンが、これまた美味しくて!!

日本の「パン」は、キリスト教の布教によって日本にもたらされたものと言われています。

そのため、語源はポルトガル語の「pão」。

幼い頃「パン」は「英語」だと思っていた人、sora だけじゃないのでは???

英語 ブレッド Bread
フランス語 パン Pain
スペイン語 パン Pain
ポルトガル語 パン Pain
ドイツ語 ブロート Brot

日本には様々な外来語が入ってきているので、ややこしいですね。

余談ですが、かつて sora の遊び心で、英語教師をしていた友人の弟くんに「ねぇ、って英語でなんて言うか知ってる?」と尋ねたことがあります。

「マロンに決まってんじゃん!!」

まがりなりにも英語教師ですよ … 彼は期待を裏切らない子でした。(笑)

ちなみに英語では chestnut と言います。

この日も、朝からガッツリ曇り空だったものの、なんとか雨は降らずに持ちこたえるのではないかと期待しつつ、バスは一路、最初の目的地「オビドス」へと向かいます。

でもね、そんな簡単に「雨女」の伝説が覆るはずもなく。

オビドスの町に到着し、バスを降りて歩き始めた途端に、雨が降り始めました…。

Sponsored Link


谷間の真珠・歴代王妃に愛された町「オビドス」

ポルトガル オビドス

ポルトガル西部にあるオビドスは、人口約800人の小さな町です。

町の起源は古く、海からの敵の侵入を防ぐため、古代ローマ時代にはすでに城砦が築かれ、イスラム支配を経た1148年、のちのポルトガル王アフォンソ1世であるアフォンソ=エンリケスによって奪還されました。

ポルトガル オビドス

13世紀には、ディニス1世の妃イザベルが、山間のこの地を気に入って以降、19世紀まで代々王妃の直轄地となりました。

城壁に囲まれ「谷間の真珠」と呼ばれるこの町は、まるで絵画のような可愛らしい町並みが続き、中世の面影を今も色濃く残しています。

とにかく目的なくお散歩がいちばん

少しだけ全体で説明を受けたら、あとは解散して1時間ほどの自由散策。

海外のオプショナルツアーのありがたいことは、こうした自由散策の時間が多いこと。

ポルトガル オビドス

ま、無駄に労力使わず「ご自由に」と言うことなんだと思いますが、sora は自由をこよなく愛しているので(笑)、とりあえず場所まで連れて行ってもらえれば、あとは「放置」大歓迎!

ポルトガル オビドス

どこを歩いても、まるで絵本の中に迷い込んだみたいな町並み。

迷路のように入り組んでいて、目的なく思いのままに狭い路地を歩くのが楽しかったです!

ポルトガル オビドス

こじんまりした町には石畳が張り巡らされ、白壁の家並みが続いています。

1時間しかなかったので、さほどゆっくりというわけにはいきませんでしたが、ひと気のない路地は風情があってサイコーの散策コース。

ポルトガル オビドス

Sponsored Link


 ポルタ・ダ・ヴィラ

ポルタ・ダ・ヴィラ

イスラム時代に作られたオビドスのメインゲートです。

敵の侵入を防ぐため、ジグザグの二重構造になっていて、アーチ型の通路の壁や天井は18世紀のアズレージョに覆われていて壮観です。

 サンタ・マリア教会

サンタマリア教会

1444年に10歳だったアフォンソ5世が、8歳の従妹イザベラと結婚式を挙げたのがこの教会でした。

この日は内部見学はできませんでしたが、内部の壁は17世紀のアズレージョで全面覆われているそうです。

教会の前の広場には、ペロリーニョと呼ばれる、罪人の「さらし柱」が立っています。

教会に隣接するかつての市庁舎の権威の象徴として、15世紀にペロリーニョが立てられ、見せしめのために、罪人をかごに入れて吊り下げたといいます。

なんとも恐ろしい話ですが …

雨に気をとたれていた sora は、すっかり写真を撮り忘れました。

 ポウサーダ(POUSADA)

ポウサーダとは、ポルトガル政府が管理していた中世の古城や、歴史的建造物を改修して使用されているホテルです。

ポルトガル オビドス

オビドスにあるこのポウサーダは、15世紀のお城を改装したホテルです。

もともと小さな城なので、客室も9室のみ。

部屋数が少ないうえに人気が高いらしく、かなり早めに予約を入れないと、なかなか泊まることはできないようです。

  16世紀の水道橋

オビドス

オビドスの城壁外に3kmほど続いている水道橋です。

カタリーナ王妃の資金援助によって16世紀に建設され、オビドス旧市街に水を運んでいました。

城壁に登ると、この水道橋が延々と先まで続いていることがよくわかりますが、バスの駐車場からも見られます。

Sponsored Link


悲恋物語の主人公が眠る町「アルコバサ」

アルコバサ

リスボンから北へ120kmに位置するアルコバサは、修道院を中心とした小さな町。

1152年、初代ポルトガル王であるアルフォンソ1世が、キリスト教国としての国王の地位を固めるため「アルコバサ修道院」を建設したといいます。

アルコバサ

そしてこれを、当時ヨーロッパ諸国やローマ教皇に多大な影響力を持っていた、シトー会に寄贈することを宣言しました。

アルコバサに到着してからもお天気は相変わらずで、町に流れる川の流れもご覧の通り。

アルコバサ

傘をさしながら、この町のシンボル「アルコバサ修道院」へ向かいました。

ペデロ王とイネスの眠る修道院へ

sora がこの町に来たかった理由、それはアルコバサ修道院に眠る悲恋物語の主人公、ペドロ1世とイネスの棺と対面したかったから。

 

このペドロ1世とイネスの悲恋物語は宝塚歌劇の舞台にもなっていて、その作品を観て以来、ポルトガルへ行ったら絶対に訪れたい!と思っていたのです。

…が、なんと訪れた日が不運にも教会の日曜ミサと重なってしまい、棺の安置されている礼拝堂に立ち入ることができませんでした。

メイン・イベントとも言えるこの場所で、まさかの事態。

仕方がないですね。

Sponsored Link


 アルコバサ修道院

世界遺産

アルコバサ修道院

正式名称は「サンタ・マリア・ティ・アルコバサ修道院」と言います。

ポルトガル最古のゴシック様式をもつ教会や、中世の建築群がそのまま残っていて、1989年にユネスコ世界遺産に登録されました。

アルコバサ修道院

初代国王アルフォンソ1世の命によって建設されたこの修道院は、「質素・簡潔」をうたうフランス・シトー派の影響を強く受け、飾りを廃した簡素な造りが特徴になっています。

この簡素な造りの修道院の中で、唯一、華やかに装飾されているのが、この修道院の最大の見どころでもある、悲恋物語の主人公「ペドロ1世」と「イネス・デ・カストロ」の石棺です。

緻密な彫刻が施されたそれぞれの棺は、主祭壇に向かって左側がイネス、右側がペデロ1世。

コインブラ物語この日は立ち入れなかったので、参考資料です

起き上がったときに、二人が向かい合えるようにとそれぞれの脚を内側に向けて置かれているのだそうです。

なんとロマンティックなはなし♡

 

本来は無料でこの場所を見学できるのですが、ミサのため立ち入ることができなかったため、その代わりに回廊など、普段は有料エリアである場所が無料開放されました。

アルコバサ修道院

修道院の中にはこんなオレンジの木がたくさん植えてありました。

そういえば、ポルトガルでは、町のあちらこちらにこうしたオレンジがなっていました。

アルコバサ修道院

この修道院は簡素だけど、とてつもなくでっかい!

地上から全景を写真に収めることは不可能なんじゃないかと思います。

アルコバサ修道院

修道院の前に広がる広場は「4月25日広場」

1974年4月25日に軍部がクーデターを起こし、ポルトガルが独裁者サラザールの手から離れ、新政府が誕生したという歴史上の記念日が広場の名前の由来です。

この事件は「リスボンの春」と呼ばれ、ほかのポルトガル各地にも、この日付に由来するものが沢山あるのだそうです。

Sponsored Link


次回に続く

今回は、ポルトガル西部にある中世の面影を残すオビドスと、悲恋物語の主人公ペドロ1世とイネスが眠る修道院があるアルコバサを旅しました。

アルコバサは、ペデロとイネスの棺に対面することを楽しみにしていただけに、ガイドさんからの「今日は日曜ミサで入れません」と告げられた時は凹みました。

このときばかりは、英語の聞き間違いであれば良いのにと思いましたね~。(笑)

気軽に訪ねられる場所ではないだけに、いまだに残念な思いは消えていません。

さて、次回はオプショナルツアーの続きです。

ナザレからバターリャ、そしてファティマの旅をご紹介します!