青春18きっぷでの夏旅1日目は、東京から一気に倉敷に移動。
2日は早朝から倉敷の美観地区をお散歩したのち、広島へ立ち寄り宮島の嚴島神社を観光してから下関まで移動、夕暮れの駅周辺を散策。
3日目のこの日は、午前中に福岡県側の門司港レトロ地区を散策したのち、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地として知られる巌流島へ。
そして昼前には下関駅へ戻り長崎へ向かいます。
門司港レトロ地区の散策
下関の駅は本島の山口県側に位置していますが、門司港は九州の福岡県側に位置しています。
開港したのは明治初期とのことなので、ほぼ130年前。
門司港のレトロ地区には今でも、明治から昭和初期にかけて建築されたというレトロな建物が残っています。
ただ、観光するには少々物足りないかなといった小さなエリアなので、今回の観光でも、観光自体は1時間ほどの予定で計画していました。
もともとの計画では、下関側の関門汽船ターミナルから船で門司港へ渡りレトロ地区を見学するつもりでしたが、前夜になって計画変更。
JRで下関駅から門司港へ移動して、観光後は船で関門汽船ターミナルへ渡ることにしました。
下関駅から関門汽船ターミナルへはバスで移動する必要があり、バスと船との接続を考えたときに、電車で行ったほうが効率的かつ時間も確実だな、となりまして。
下関から門司で乗り換え門司港へ
地図を見てわかる通り、下関から門司港へは、いったん門司まで行って、また後ろにV字型に戻っていくイメージの位置関係にあります。
朝6時半にはホテルをチェックアウトして下関駅へ。
ちなみに駅前に位置したホテルの部屋の窓からは下関の港が見えていました。
向かいの建物はJR山口って入っているので、JR関連施設なんですかね。
この建物がなかったらもう少し景色も良かったんですけど。(笑)
駅に着いたら、まずはコインロッカーに荷物を預けます。
下関駅のコインロッカーは改札を出てすぐのところにけっこう沢山並んでいるので、預けられないということはないと思います。
シリングタイプと、キーレスタイプがありました。
私はシリングは無くすと嫌だなと思い、キーレスタイプにしました。
暗証番号のシートが発券されるので、解錠する時はその番号を入力するタイプです。
荷物を預けてシートが出てきたら、まずは念のためスマホで番号を撮影!(これ、結構だいじ)
そして身軽になっていざ観光へ出発です!
下関駅を 6:54 に出発する電車に乗って、まずは門司駅へ。
下関から門司へは 10分もかからない短距離移動。
この門司駅、もともと門司港方面への利用客は多くはないのかも知れませんが、早朝だからか右見ても左見てもガラーーーン。
とっても静かな朝でした。(笑)
おかげさまでストレスフリーの旅満喫💕
この門司の駅からお隣の門司港駅までは7分ほどで到着します。
門司港の駅舎は重要文化財に指定されていて、現役の駅舎で重要文化財の指定を受けているのはこの駅と、東京駅(丸の内駅舎)だけなんだそうです。
実は私は勉強不足で、現地へ行くまでそのことを知らなかったんです。
駅について「なんだか素敵な造りの駅舎だな~」なんて思いながら改札を出て、振り返ったらこれまた素敵な面構え!!
早朝でひと気もなく、絶好のシャッターチャンスと思い写真を撮ったのですが、それから案内を見ていたら重要文化財であることが書かれていて、なるほど、と。
訪れてみたい駅のアンケートでも、常に上位に挙がっている駅のようです。
ぜひ皆さまも、機会があれば訪れてみてはいかがでしょうか。
早朝のこのレトロな風景独り占め、、、お勧めです。
門司港レトロ地区
駅からほど近くに港が広がっていて、そこからは対岸の下関の風景が見渡せます。
奥に見えているのが関門橋。
山口県側の下関と福岡県側の門司の間の関門海峡をつなぐ道路橋です。
全長は1068メートル、本州と九州を結ぶ陸路での輸送力拡張のため1973年に開通したそうです。
この橋の近くの海底には「関門トンネル」という、人が歩いて行き来できるトンネルもあります。
レトロ地区には文字通り、風情あるレトロな建物が残されていますが、地区の範囲はとても狭いですね。
いざ、巌流島へ!
門司港から船で下関側に渡り、そのまま関門汽船ターミナルから 9:05 の船で巌流島へ向かいます。
本来なら、門司港からも直接、巌流島へ船で渡れる便があるのですが、コロナ禍で「門司港⇔巌流島」の便が運休になってからそのまま今も運休が続いているようです。
この便が使えたら、門司港 ➡ 巌流島 ➡ 下関 という一文字書きルートで効率よく回れたんですけどね。
ないもんは仕方がありません。
巌流島の正式名称は「船島(ふなしま)」ですが、宮本武蔵と佐々木小次郎の戦いで、武蔵に敗れた小次郎の流派「巌流」にちなんで「巌流島」と呼ばれるようになったとか。
勝った側の武蔵ではなく、敗者側にちなんだ名前が付けられたのはなんとなく日本人らしいな、、、と思ってしまいました。
現在は無人島になっていますが、実は1973年まで人が住んでいたそうです。
だからでしょうか、この島の半分以上は「私有地」になっていて、立ち入ることはできません。
とはいっても「森」のようでしたが。
巌流島までは10分の船旅
巌流島のターミナルに設置されている自動販売機でチケットを購入すると、窓口からお姉さんが近寄ってきて巌流島の案内を渡してくれました。
突然近づいてきたからちょっとびっくりしましたけど。
そのあと何人か、同じように自販機でチケットを購入していましたが、お姉さん、窓口からその様子をしっかり見ていいて、巌流島行きのチケットを買った人を見極め、近づいてくるのがデフォのようでしたね。(笑)
だったら窓口販売にすりゃいいじゃん、と思っちゃいましたが。www
案内を渡しがてら「島には売店はありませんから飲み物を用意しておいてください」と声掛けをしてくれます。
そしてこんな風に時刻表に丸が点ついたものを渡されます。
つまり、帰りはこの時間の船に乗って帰っておいでね、っていうご案内。
でもさ、9:05 の船に乗って10分かけて巌流島に行くわけでしょ、でもって、9:30 の帰りの船に丸がついてるって、、、島の滞在時間「15分」ってことよね。(笑)
無人島っていっても、さすがに厳しくない?
そんなことを思いながら出発時間までターミナルで涼んでおりました。。。
巌流島行の船は、さっきの船と同じ規模の小さめの船でしたが、乗客はやはり少なくガラーンとした感じ。
船内はご覧のようにエアコン完備の奇麗な船なので、快適に過ごせます。
そして巌流島にまつわるガイドを流してくれるので、お勉強にもなりました。
船に揺られること10分。
あっという間に巌流島に到着です。
ゆったり見学しても30~40分
船着き場から橋が架けられていて、ゲートをくぐると巌流島です。
私が乗った船は朝いちばんの船です。
ここは無人島であるゆえ、島には今同じ船に乗ってきたお客さんしかおらず、、、がらーんと静まり返っておりました。
よし、絶好の観光&フォトタイムだわ!(笑)
朝から強烈な日差しでしたが、人が少なかったゆえ他人様に迷惑をかけることなく堂々と「日傘」をさし(帽子が好きではないんでね)、いざ島内観光に出発です!
船島神社
島の入り口近くに鎮座する船島神社は、巌流島の神様が奉られています。
決闘の聖地である巌流島の神様、、、今の時代にはきっと「決闘なんてやめなさい」って、静かな島で人々を見守っていることでしょうね。
このモニュメントはこの場所そのものを記念するものではなく、文学碑のようです。
巌流島文学碑
あまりこのテの文学には詳しくないので、文学碑と言われても、、、な感じでしたが、モニュメント越しに見える海と遠くの関門橋の風景は良いですね。
このモニュメントには画家・古舘充臣氏により「武蔵と小次郎の決闘」の場面が描かれ、村上元三作『佐々木小次郎』に因んだ文章が刻まれています。
ここから海沿いを進むこともできますが、私は海沿いから少し外れて森側の歩道を進みました。
その先にはこんな開けた気持ちの良い空間が。
案内図を見る限りでは「こいの広場」なのかな、ここは。
そして途中、石碑がありました。
「この島に二人降り立ち 闘ひし むかしの男 恋ほしかるかな」
森重香代子さんという歌人の詠んだ句のようです。
さらに進むと小高い丘への道と、海岸に降りて行く道とがあったので、まずは海岸へ降りてみることに。
そこにはボロボロになった木製の船と、案内板。
伝馬船
ここは二人が戦った砂浜を再現した場所らしいのですが、この船は「伝馬船」というもので、実際にはこの巌流島とは関係のない下関市の山陰方面で使用されていた船だそうです。
ただ、宮本武蔵が「伝馬船」に乗って巌流島へ渡り佐々木小次郎と戦ったという史実はあるようで、観光で島を訪れる人々がその当時をイメージできるようにとこの海岸にこの船を設置した、と案内板に書かれています。
昔の人は、こんな小さな船を漕いでこの島へ渡っていたんですね。
けっこう波が高くて、エンジンのついている現代の船でもかなり揺れましたから、当時はさぞや大変だったことでしょう。
そして隣の丘を見上げれば、てっぺんに戦う2人の像がそびえたっています。
武蔵・小次郎の像
この戦う武蔵と小次郎の像ですが、実はそれぞれ別の人がデザインしています。
武蔵の像は下関市の廣瀬直樹氏、小次郎の像は佐々木小次郎とゆかりのある岩国市の彫刻家・村重勝久氏。
面白いのは、武蔵の像の建立が2003年4月で、小次郎の像はそれよりも数か月早い2002年12月。
別々の人がデザインしているにしても、小次郎さんは数か月の間ぼっちでこの丘にいたってことよね。
武蔵の像の建立が遅れたのは、決闘に遅刻してきたという史実に基づいた演出?とも言われているようです。
決闘の像がある丘の近くには巻物を模した石碑があり、当時の史実や近代この島にまつわる歴史がつづられています。
昭和30年ころには30世帯もの人々がこの小さな島で暮らしていたんですね。
この島ではその昔、アントニオ猪木×マサ斉藤のプロレスマッチや、羽生善治×広瀬章人の将棋対決も行われた過去があります。
この石碑には平成4年までの出来事(武蔵や小次郎を演じた俳優たちの来島も記録されています)が書かれていました。
この巌流島は、猛暑でなければ、のんびり海を眺めながら時間を過ごすには最高のロケーションです。
でもとにかく、ほんとーーーに何もない。
そして思いました。
下関のターミナルでわずか15分後の船に「〇」がつけられていたのも、なるほど、ありかも知れないと。(笑)
ゆっくり写真をたくさん取りながら島を歩くには、さすがに15分では無理ですが、早足でさっさとポイントを周ってしまうなら15分でもギリ行けるかも。
ただ、そんなに駆け足で回っても意味はないので、やはり次の船までの1時間コースかな、と個人的には思いますけどね。
時間がないとか、とりあえず「上陸」が目的であれば、15分でも回れなくはない、そんな無人島です。
武蔵と小次郎の像がある丘がこの島で回れる一番遠い場所になるので、そこから、今度は海側に出てのんびりのんびり戻ってきましたが、とにかく時間が余ってしまいます。
ゆーっくり、ゆーっくり歩いていたら、なんかもう一か所、石碑があるのを発見。
佐々木巌流之碑
これは、小次郎に直接的に関わる何かではなく、明治43年にこの船島(巌流島)の開鑿工事完了したことを記念して建てられた石碑です。
島の中央に建てられていたものが、今はひっそりと森の片隅に移されています。
この石碑に気づかない人も多いのではないかな?
私が訪れたときにも、島に上陸した観光客、この周辺では誰一人見かけませんでした。
すべての見どころをひと通り回っても、最終的には20分くらいは時間が余ったかな。
島には数か所、屋根付きの「休憩所」が設置されているので、船の時間まではそこで休憩。
船着き場に一番近い休憩所はもう少し大きくて、そこには時間を持て余したみんなが集まってきていましたね。
9時45分に下関を出発してきた船が10時少し前に巌流島に到着。
私が乗ってきたときと同じくらいの人数の人たちが、入れ違いに島へ入っていきました。
そして私はようやく帰りの船に乗り込み、10:10発、船に揺られて下関の港まで戻りました。
下関から長崎までの乗り継ぎの旅
下関の港からJR下関駅まではバスでの移動です。
幸いにも最寄りのバス停を通る路線バスは複数あって、多くのバスが下関駅を通ります。
なのでとりあえずバス停にやってきたバスに乗れば、下関駅に戻れました。
駅に到着したらまずはコインロッカーから荷物を取り出し、いよいよ長崎へ向けてのロングジャーニーです。
もういちど下関(始発)➡ 門司
事前の計画では12時ごろの下関出発を想定していましたが、早朝から頑張って動いたのが功を奏して1時間の前倒しに成功。
11時少し過ぎには下関駅を出発することができました。
まずは早朝、門司港へ行くときに乗り換えた門司駅で、もう一度乗り換えです。
さすがに早朝の時のような閑散とした雰囲気ではありませんでしたが、それでもやっぱり人は少ないですね。
門司 ➡ 鳥栖(とす)へは2時間の旅
11時半の電車に乗り、次の乗換駅である鳥栖へは2時間の移動です。
久しぶりに見ました、、、2両編成のワンマン電車。
そしてこの2両編成の電車に揺られて2時間は、けっこうキツいかも。
とはいえスピードはまぁまぁ出てた気がします。
この下関から長崎へ向かう道中、いろいろと急激に「未知の世界」に突入した感が強まりました。(笑)
電車の内装も物珍しくてね。
シートがこんな木製でクッションが張り付けてあるようなタイプだったり、あと、右の写真わかりますかね?
扉前のエリアのつり革、、、サークルになってるんですよね。
私はこのタイプのつり革を始めてみたので、とっても物珍しくて!
これ、いいな~と思いました。
そして佐賀県の鳥栖駅へ到着したのは13時半ごろでした。
鳥栖(始発)➡ 早岐、驚きのローカル電車
佐賀県に入ると窓の外にはのどかな風景が一面に広がり、同じようなローカルな風景でもこれまでの雰囲気とはなんだか少し違って見えました。
佐賀県の鳥栖駅から長崎県の早岐駅までは約2時間のローカル列車の旅です。
2両編成のワンマン電車で、鳥栖駅を出発した途端に「無賃乗車に対する警告放送」が流れて、ん?って思ったのですが、電車が進んでいくうちにその放送の意味が理解できるようになりました。
この辺りは無人駅がたくさんあって、電車の乗降方法も見慣れぬ光景。
駅にはいわゆる「改札機」がなくて、ICカードをタッチする機器が設置されているだけというのがスタンダードのようでした。
そして、電車を降りて行く人を観察していたら、カードをタッチする人もいれば、ふつーに何もしないまま通過していく人もいて、その区別がよく分からず。
たしかに「無賃乗車」があってもおかしくないだろうな~という、ね。
でもって電車の中のシステムも私には不思議な光景でした。
先頭車両の運転席横の頭上にデジタルの「運賃表」があったんです。
整理券番号に対して金額が表示される、バスについているようなあの運賃表。
電車にこれがついているのを初めて見ました。
でね、結構立派な駅舎でも「完全無人駅」っていうのがいくつもあって、その駅ではなんと後方車両の扉は開かず、降りる人は一番前の扉へ移動しないといけなくて。
で、降りるときに運転手さんに定期券を見せたり、運転席脇のボックスに切符を入れたりして降りるんです。
まさに、バス。
後ろの車両の扉がいっさい開かないので、乗車する人はこのシステムを知らないとダッシュで前の車両まで行かないといけなくなる…。(苦笑)
ま、ワンマン運行だから仕方ないんでしょうね。
私にとっては興味深い光景でした。
でもって、いくつかの駅で「待ち合わせ」を行いますが、これがまた、ローカルならでは。
「待ち合わせでしばらく停車」との運転手さんのアナウンスが入ったので、てっきり急行だか特急だかが追い抜いていくもんだと思うじゃないですか。
そしたら待ち合わせの電車は正面からやってきて、私の乗っている電車の反対方向へ走り去っていきました。
そして気づく。
あ、、、線路が単線!?
ところどろこ2車線のところもありましたが、基本的には単線。
つまり追い越しどころか、すれ違いができないから「待ち合わせ」になるんですね。
おかげで時間もけっこう遅れます。
いづれかの電車が遅れるとこの「待ち合わせ」もずれていくわけで、、、。
ローカル電車の旅では車窓からのどかな風景を眺めるのが楽しいものですが、こうしたその地域ごとの生活文化に触れるのもまた楽し、ですね。
早岐(始発)➡ 長崎、大村湾沿いの風景が美しきかな
16時少し前に長崎の早岐に到着。
それから15分くらいの待ち時間ののち、この駅始発の長崎行に乗って大村、長与を通って終点の長崎駅までさらに2時間の旅です。
この区間の電車もまた、都心では見かけないデザイン。
正直ね、この椅子の座り心地はあまりよくなかったです。(笑)
背中にクッションがついていますが、腰の部分が板オンリー。
いちばん腰が痛くなるやつです、、、。
これで2時間を耐えるのはけっこうしんどかったな。
ただ、この区間は大村湾沿いに鉄道が走っていて、車窓からの風景は絶景でした!
海を見るのが大・大・大好きな私には至福の時間。
こんな風景が車窓の向こうに続いています。
けっこう湾岸ギリギリの位置に線路が敷かれているので、海がとても近く迫力がありました。
九州へ行ったなら、ぜひ、この大村線を利用してみてください♡
お勧めです。
夕暮れの長崎港はゆったり絶景
長崎駅に到着したのは18時ちょっと過ぎ。
だだっ広い駅前ターミナルは再開発の最中なのか、いろいろ工事している様子でした.
駅ビルと大きな商業施設がつながっていて、外はあまり人通りは多くありませんでしたが、商業施設の中は賑わいを見せていました。
ここ長崎でも宿泊するホテルは駅の近くを予約していたのですが、これがまた本当に「駅前」でした。
ご覧の通り駅前のターミナルがだだっ広いので駅前の通りまでの距離感はありますが、このターミナルから歩道橋を渡って目の前にホテルの入り口がありました。
この歩道橋は四方の交差点に巡らされていて、通りの中央に位置する路面電車のホームに降りる階段とかも設置されていました。
そしてエスカレーターやエレベーターも完備!という便利な造りでした。
スーツケースを持っての旅には本当にありがたや~です。
翌日の下見がてら夕暮れの長崎港へ
駅前のホテルにチェックインしたのがまだ18時半前だったので、外はまだ明るくそのままホテルにいるのはもったいない!
ということで長崎港までお散歩することにしました。
というのも、翌日に念願の「軍艦島上陸ツアー」に参加することになていて、その集合場所を下見したかったんです。
朝から道に迷って遅刻でもしたらタイヘン!ってことで。
集合場所までは路面電車やバスでももちろん移動できるのですが、国内でも海外でも時間に余裕のある限りはその街の雰囲気を感じながら自分の足で歩く、というのが基本の私。
地図で調べた限りでは30~40分もあれば行けるかなという感じだったので、徒歩で集合場所へ行ってみることにしました。
長崎港に到着したころにはちょうど夕日が美しい時間になっていたので、もうね、しばし何も考えずボーッとその風景に没入。
国際ターミナルに停泊していた大型フェリーと静かな水面、山の向こうに赤く焼ける空、かすかに見える月、完璧でございました!!
このとき港に停泊していたこの豪華なフェリー、このときにはどこの船だかわからないまま写真だけ撮って帰ってきたのですが、あとから調べてみたらパナマ船籍の「Adora Magic City(アドラ・マジック・シティ)」という船だったようです。
国際航路としては韓国の済州島や中国の上海と、長崎との間を行き来していて、国内では博多や鹿児島へも航行する船で、2024年は年間で25回ほど長崎へ寄港します。
全長は 323.6m って書いてありました、、、でかい!
私が撮影したこの日は、正午から22時まで寄港していたみたいですね。
10時間あれば乗船客も長崎市内をいろいろ楽しむことができそう。
いいな~豪華客船の旅。
いつか優雅に海外を豪華客船で回ってみたいです!!←たぶん、無理。(笑)
中央奥に見えている橋がヴィーナスウィングと呼ばれる「女神大橋」です。
長崎港には常に大型客船が出入りするため普通の大橋よりも水面からかなり高い位置に設置されていて、世界最大級の客船、イギリス船籍の「クイーン・メリーⅡ」(全長 345m、高さ72m)もこの橋の下を通過出来ているそうです。
でも不思議なのが、、、この橋の案内を見ると「桁下65m」って書いてある。
QMⅡの公式サイズは高さ72m。
その差7m 、、、きっと船の何かを畳むとか、縮めるとかして通過するんでしょうね。
この橋は車だけでなく、自転車や徒歩でも渡ることができるみたいなので、、、また、いつか。
まとめ
港からホテルへ歩いて戻る途中、下調べなしに偶然「オランダ坂」へのアクセスポイントを発見。
すでに真っ暗でしたが、せっかくなので行ってみました。
案の定、ただの、暗闇の坂。(笑)
なのでここは後日、明るい時間に再訪しましたので、そのときの写真はまたそのときに。
下関の観光から始まった3日目の夏旅。
長い1日でしたが、未知との遭遇、楽しい時間を過ごすことができて大満足!でした♡
明日は旅の折り返しになる4日目。
念願の「軍艦島上陸ツアー」と、高校の修学旅行以来のハウステンボス(当時は「長崎オランダ村」でした)です!
幸いにもここまでのお天気はぴーかん。
そして明日も予報はぴーかん。
暑くなりそうですが、長崎を楽しみたいと思います!!!
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