宝塚の至宝、礼真琴の舞台を振り返るシリーズ第35回。
今回はこっちゃんのバウホール初主演作『かもめ』です。
ロシアを代表する劇作家であり、多くの優れた短編を遺したチェーホフの四大戯曲と呼ばれるうちの、最初の作品です。
この「かもめ」は作品としてはとても奥深く、いろいろなことを考えさせられます。
確かに名作、間違いなく。
ただ、ぶっちゃけ宝塚でこれを観たいかというと、ファンが求めているものとは大きくズレがあったように思います。
ましてや自分の贔屓のスターさんが今、この作品に主演すると言われても、あまり喜ばしく思わないファンも多くいるのではないでしょうか。
でも、、、
小柳先生が当時まだ研6になりたてだった礼真琴にあえてこの役をやらせたワケ、公演を見ればなんとなく納得できるかな。
さっそく、振り返ってみましょう。
『かもめ』予備知識
あらすじ
舞台は19世紀末、帝政末期のロシア。
湖畔の田舎屋敷を舞台に、劇作家志望の青年と女優を目指す少女との恋愛を軸に、芸術家やそれを取り巻く人々の複雑に絡み合う感情を通して、芸術と人生の本質を追及する物語です。
伯父の領地で暮らす劇作家志望の青年トレープレフは、新しい形式の演劇を求め創作に励んでいました。
ある時、湖畔の庭園に仮設舞台を作ったトレープレフは、恋人のニーナ(城妃美伶)を主人公とした芝居の上演を試みるのですが…。
主な配役
トレープレフ:礼真琴
ニーナ:城妃美伶
シャムラーエフ:美城れん
ソーリン:美稀千種
アルカージナ:音花ゆり
ドールン:鶴美舞夕
ポリーナ:白妙なつ
トリゴーリン:天寿光希
マーシャ:音波みのり
召使い(女): 紫月音寧
召使い(女):空乃みゆ
ヤーコヴ:飛河蘭
召使い(女):真衣ひなの
メドヴェジェンコ:瀬央ゆりあ
召使い(女):逢月あかり
召使い(男):拓斗れい
召使い(女):澪乃桜季
召使い(男):湊璃飛
召使い(男):夕渚りょう
召使い(男):天希ほまれ
チェーホフは難しい
総体的に、この作品は演じる側も、見る側も、難しいです。
シェイクスピアとかもそうですが、現代人が古典を読み解くのはエネルギーがいりますね。
登場人物たちの感情を読み解きながら、頭をフル回転!
とにかく、長台詞が多い
この作品の特徴は、とにかく長台詞が多い!
場面ごとに誰かしらが長台詞を言っているので、これを覚えるのは大変だっただろうな~と芝居とは別のところで感心して見ていました。
幕開きから長台詞の餌食になったのはなおちゃん(瀬央ゆりあ)。
そういえば、なおちゃん、この辺りからジワジワと組内でのポジションが上がってきましたよね。
『ロミオとジュリエット』の新人公演ではまだ主要キャストにいなかったのの、年明けの『ナポレオン』では急にさゆみちゃん(紅ゆずる)の役が付いたりして。
そしてこの『かもめ』でも目立つ役をもらっています。
さて、長台詞といえば、こっちゃんも長台詞言いまくってます。
渡鬼もびっくり。(笑)
みんなよく噛まずにスラスラとセリフが出てきますね。
まぁ、それがプロですからなんてことはないのかも知れませんが、個人的には歌に乗せるほうが言葉って覚えやすいから、ときどき忘れたころに歌が差し込まれると「よかったね~」とか思ってしまいました。
余談ですが、学生時代に歴史とか覚えなきゃならないときに、好きな歌のメロディーに当てはめて覚えた記憶が…。
試験の最中に、ず~っと心の中で歌いながら回答書いてました。(笑)
それはそうと、最初の歌の場面。
めずらしくこっちゃんの歌が不安定に思えました。
ちょっとブレていた感じ。
主役の出番が少なすぎでしょ…
原作にほぼ忠実に再現されているので、こればかりはどうにもならないのですが、宝塚版で主役とされているトレープレフ(礼真琴)、出番自体は少ないです。
作品を観ていると、ママ、アルカージナ(音花ゆり)が主役のように思えたので、舞台を観終わった後に原作本を読み返してみたら、やはり登場人物の筆頭はアルカ-ジナでした。
トレープレフの、もがき苦しむ人生が軸になっていることは間違いないとはいえ、主人公がこれだけ出てこない作品は宝塚では異色。
登場人物それぞれにしっかり「語る&歌う」場面が作られていて、単純に主演のこっちゃんを見に行ったファンは物足りなかったのでは!?と思います。
でも、そこは 礼真琴。
少ない出番をがっつり自分のものにして、芝居心たっぷりにトレープレフを生きていました。
こっちゃん、繊細な若者が似合いますね。
そしてママに甘えるところなんて、珠玉♡
撃ち落としたかもめ …
トレープレフが撃ち落としてニーナ(城妃美伶)に差し出す、というか投げつける場面、めっちゃ気味悪い。
ニーナちゃん、よく素手でかもめの死骸を触れるよね。(苦笑)
カーテンコールでこっちゃんも、このかもめちゃんを手に持って、最初は怖かったけど、みたいなことを言っていましたが、その気持ち、すごくわかる!!
不気味過ぎ。
登場人物たちの感情の矢印が一方通行
ちょっとまじめな豆知識。
チェーホフは「5プードの恋(たくさんの恋)」という言葉を使っています。
となると、たいがい色々な苦難を乗り越えて恋愛を成就していく文学作品をイメージしますが、この作品ではみんな、みんな一方通行。
その思いは相手に届きません。
ある研究者は「人間は本当にわかりあえるのか」というテーマをチェーホフが描き出していたのではないかと。
なるほど、深い話ですね。
相思相愛が一組もないってのも確かに珍しい。
それぞれに求めているものやことが違い、それぞれの感情の矢印が色々な方向に向いていて、人生思うようにいかないことの縮図がそこにあります。
ニーナ役は娘役の大きな試練
こっちゃんトレープレフは、唯一、ニーナを一途に愛した人。
でも、それゆえに苦しみも大きく、最終的には自ら人生を終わらせる選択をします。
この作品ではニーナがとにかく嫌われキャラ。
可愛く振舞ってるけど、めちゃめちゃ自由でワガママな女です。
しろきみちゃん(城妃美伶)、最初はかわいい~ね~と思って観てるんたけど、どんどん「なに、この女!!」ってなってくるんですよ。(笑)
実際、チェーホフが最初にこの作品を発表した際には、ニーナの役の女優さんが、観客からの敵意に満ちた視線に耐え切れず、恐怖で声が出なくなってしまったそうです。
お気の毒ですが、、、観客の気持ち、わかる気がする。
この役をしろきみちゃんは当時、どんな思いで演じていたのかな?と気になります。
新進気鋭の娘役にこの試練を与えるってのは期待の表れ、劇団の愛情ですかね。
ちなみチェーホフは、その声の出なくなってしまった女優さんについて、ロシアで最高の女優であると褒め称えていたようです。
逆に幕開きで「陰気で性格悪そうな女」と印象を持ったマーシャ(音波みのり)は、だんだん愛おしいくらいになってくる不思議。
こっちゃんトレープレフへの一途な思いを胸に秘めながらも、現実世界を必死に受け入れようとしながら生きているというか。
ま、それ以上に、そんなマーシャを大好き!なメドヴェジェンコ(瀬央ゆりあ)の一途さが愛おしくもあります。(笑)
こっちゃんの「ママ!」が好き♡
ナポレオンに続き、「ママ!」萌え 再びです。
やっぱり、こっちゃんの「ママ!」はやばいですね、クラクラします。(笑)
特にママと言い合いするところなんて、キュン♡キュン します。
よく頭の包帯を変えてもらうシーンが好きだという声を聞きますが、私は断然、言い合いの場面 が好き。
ママから「貧乏人!!!」と叫ばれ、「びっ、びんぼう…」と怯んで、そのあとの泣きに入るまで がたまらんです。
でもって、仲直りした後のママ、いくら愛おしすぎる息子ちゃんでも、こっちゃんの頭、かきむしり過ぎです。
髪の毛、ぐちゃぐちゃになります。(笑)
ついでに、こっちゃんの 左からの横顔アングル、サイコーです♡
美しい。
終わり方がなんとも…
この物語には、ある意味「成功者」は一人もいません。
みんながみんな、思い通りにいかない人生を歩んでいます。
それがチェーホフ作品が問いかけている根幹部分なのだとは思いますが、終盤のトレープレフへの追い打ちは衝撃的。
ニーナがボロボロになって、ようやくトレープレフと再会。
色々な経験をして苦しんだのち、やっぱり結局はトレープレフのもとへ戻ってきたんだね … とみんなが思って観ていたことでしょう。
ま、心の中の8割は「勝手すぎるやろ~~~~」と思って観ているわけですが(笑)、こっちゃんトレープレフがそれで救われるなら、我慢しましょう、と。
こっちゃんトレープレフの嬉しそうな表情を見ていたら、そうなります。
が、しか~し!
最後にひと言、ニーナが悪びれることもなく言い放ちます。
「いまでも、トリゴーリンを愛しているから」
ん????
ニーナちゃん、何言ってるの????
もっかい言ってみて。
もぉね、画面のなかのこっちゃんトレープレフも相当打ちのめされてましたけど、それ以上の衝撃をうけましたよ。(笑)
は~~~~~???
この場面は、見ているのも苦しくなりますね。
ニーナが自分の元に帰って来てくれたと思っているところに、ガツ~ンとキツイひと言を聞かされてしまうトレープレフ。
絶望に満ち満ちた様子で鬼気迫るダンス。
胸が痛い。
そして去った後の、ピストルの音。
舞台上も客席もシ~~~~~~~ン。
静かなる臨場感。
人生、はかないな。
カーテンコール
挨拶慣れしていないこっちゃん。
一生懸命ことばを探してお話ししているのが新鮮です。
そして、お辞儀が深いのなんのって。
カーテンコールでひとり登場した時なんて、床に手ついてましたよ。(笑)
そして、どうしてよいやらわからずドギマギする姿もキュートです♡
「バウホールのこの場所でご挨拶するのは、音楽学校の文化祭以来で …」
確かに~
こっちゃん、95期の主席としてそこに立って挨拶していましたね。
見える景色があの時と全然違うとも言っていました。
あの頃に描いた夢が、ひとつ、またひとつ、叶っているのでしょうか。
カーテンコールでは、まだまだ 頼りなさ全開!!でしたが。(笑)
まとめ
カーテンコールでご挨拶した美稀千種さんが「母性本能をくすぐられたのでは?」と話されていましたが、ほんとうにその通り。
ママとのやり取りはもとより、主人公の繊細さ、はかなさ、そして危うさが、こっちゃんの役者としての個性にぴったりと嵌っていたように感じました。
宝塚でチェーホフを上演するのは、しかも若手スターを起用しての上演は大きな挑戦だったと思います。
こっちゃんの出番が少ないよね~という思いはありつつも、一方では、自然とチェーホフの世界に引き込まれていく自分がいて、実にいいもの を観せてもらったな~となりました。
もしもベテランになった今の礼真琴が、仮に、もう一度このトレープレフを演じることがあったとしても、このときのようなまっすぐに突き刺さる若者の危うさを表現するのは難しいでしょうね。
あのときだからこそ、だったと思います。
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